1. 徘徊とは

認知症とは、脳の病気や障害によって記憶や判断力といった認知機能が低下し、日常生活や社会生活に支障が出ている状態を指します。認知症の代表的な症状には「もの忘れ」「理解力・判断力の低下」「生活能力の低下」などがありますが、「徘徊」も認知症の主な症状の1つとして挙げられます。
認知症の患者さんに見られる徘徊とは、「行き先や目的もなく歩き回る」「車椅子で動き回る」「ベッドや床の上で常にゴソゴソしている」などの行動を意味しています。
これらの行動は、周囲から見ると目的や理由のない行動のように感じられますが、本人なりの目的・理由があるケースも珍しくありません。本人なりの目的や理由がある以上、徘徊を止めることは非常に困難であると言えるでしょう。
徘徊は行方不明の原因になる
認知症による徘徊が起こるようになると、「外出したものの、行き先や帰り道が分からなくなってしまう」という事態も発生しかねません。外出したまま行方不明になってしまうケースも少なくないことに留意しましょう。

(引用:警察庁生活安全局人身安全・少年課「令和4年における行方不明者の状況」 引用日2024/4/24)
警察庁の調査によると、認知症または認知症の疑いが原因で行方不明になった高齢者は、2022年の1年間で18,709人となっています。すぐに保護されて自宅に戻れるケースも多いものの、名前や住所が言えず「身元不明者」とされるケースや、交通事故に巻き込まれて亡くなるケースも少なくありません。
徘徊が原因で、認知症を患う家族が行方不明になる恐れがあります。大切な家族を守るためにも、徘徊に対して適切な対応・予防策を考える必要があるでしょう。
2. 認知症患者の徘徊が起こる原因・きっかけ

認知症の症状は「中核症状」と「周辺症状」の2つに大きく分けることができます。
【認知症症状の分類】
| 症状の概要・特徴 | 症状の例 |
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中核症状 | - 認知症を発症したすべての方に現れる
- 個人差はあるものの、症状は徐々に進行する
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周辺症状 (BPSD) | - 認知症患者さん全員に現れる症状ではない
- 本人の性格や特性、生活環境、体調などによって引き起こされる
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上記の通り、徘徊は周辺症状の1つであり、認知症を発症したすべての方で見られる症状というわけではありません。以下では、徘徊が起こる主な原因やきっかけについて確認しましょう。
現在の状況が分からなくなる
徘徊が起こる原因の1つとして、認知症を発症したすべての方に現れる「中核症状(見当識障害・記憶障害)」が挙げられます。「現在は何月何日の何時なのか」「自分がいる場所はどこか」など現在の状況が分からなくなると、不安感から歩き回る行動に出ることも珍しくありません。頼りになる方を求めて動き回ってしまう場合もあるでしょう。
また、自分の家にいても自分の家ではないように感じてしまうケースもあります。自宅にいても落ち着かず、「本当の家」に帰ろうとして外へ出てしまう場合があることにも注意しましょう。
自分の持ち物や家の中の場所を探している
記憶障害によって自分の持ち物を置いた場所を忘れてしまい、目的のものを探すために徘徊するケースも見られます。「探しているものが見つからず探し続けてしまう」「探している途中で何を探していたか忘れてしまう」といった行動から徘徊に発展するケースもあることに注意しましょう。
また、「トイレに行きたい」「のどが渇いた」などの身体的違和感・不快感を解消しようと動き出すことも、徘徊が起こる原因の1つです。移動中に不快感の理由や、向かおうとしていた場所・道順が分からなくなってしまうと、不快感を抱えたまま徘徊する状態になってしまいます。
さらに、外にいる場合は自分の家がどこなのか分からなくなるケースも少なくありません。家を探すために徘徊が始まり、道に迷ってしまう場合もあります。
昔の生活をしているつもりになっている
認知症によって記憶障害が起こると、現在の状況を忘れて昔の生活をしているつもりになる方もいます。これは「回帰型」と呼ばれるタイプの症状であり、自分の現状が分からなくなり、活躍できていた頃の自分に認識が戻ってしまうために起こると言われています。
回帰型の記憶障害の場合、買い物などの家事や育児、仕事など、過去に習慣としていた行動を繰り返そうとするのが特徴です。例えば、高齢の認知症患者さんがすでに卒業した学校や定年退職した職場に通おうとするケースが考えられるでしょう。このような行動から、徘徊が始まることも珍しくありません。
不安によって動きを止められない
認知症を発症したことによって、以前は当然のように自分でできていた行動ができなくなり、不安やストレス、焦燥感を覚える方も多くいます。介護者側の対応によっては、支援への拒否や周囲への反抗といった感情も加わり、「自分でも何かしなくては」と感じて衝動的に外に出てしまう方も少なくありません。
また、気分が高揚しているときや気持ちが落ち着かない場合には、動きを止めるのが難しくなる「多動」の症状が現れるケースもあります。部屋を歩き回るだけでなく、急に外へ出ようとする危険性があることに注意しましょう。
思考や判断力に障害が起きている
認知症のように脳の神経細胞の機能が低下している状態の場合、ものごとを論理的に考えたり計画を立てて効率よく実行したりすることが難しくなるケースも多く見られます。このような症状は「実行機能障害」と呼ばれており、思考力や判断力の低下を引き起こす場合があります。
実行機能障害の症状が進行すると、その場に応じた適切な判断を行うことが難しくなり、「どのように行動すべきか」「適切な行動は何か」が分からなくなってしまいます。「道に迷った際に人に聞く」などの適切な判断ができずに混乱し、その場を離れてしまって徘徊が始まるケースも少なくないでしょう。
前頭側頭型認知症の症状で徘徊が始まる
一般的な認知症では脳全体に萎縮が見られますが、前頭側頭型認知症は脳の一部である前頭葉や側頭葉前方における神経組織の変性・萎縮が見られる疾患です。
前頭葉は主に「人格・社会性」を、側頭葉は主に「記憶・言語・聴覚」を司っています。これらの機能が正常に働かなくなることで、「同じ行動を繰り返す(常同行動)」といった症状が現れる場合があります。
常同行動の症状が現れた場合、特定の場所を目的なく行き来したり、毎日決まったコースを必ず散歩したりするなど、同じ行動パターンを繰り返すことが多くなります。このような行動から徘徊が始まるケースも少なくありません。
3. 徘徊が起きたときの対応方法

認知症による徘徊は本人にとってリスクが高く、家族・介護者にとって負担が大きな行動ではありますが、行動を無理に抑制したり徘徊したことを責めたりしてはなりません。徘徊が起きたときには、徘徊する理由を理解した上で相手の気持ちに寄り添った対応を心がけるのが大切です。
ここでは、認知症による徘徊が起きた場合の対応法について解説します。適切な関わり方や声のかけ方を理解し、本人の不安やストレス、苦痛を和らげましょう。
なぜ徘徊するのか理由を尋ねる
認知症による徘徊には、多くのケースにおいて本人なりの目的や理由があると考えられています。徘徊する本人の気持ちを理解するためにも、なぜ徘徊するのか理由を尋ねてみるとよいでしょう。「どこに行きたいのか」「何をしたいのか」といった内容を、本人の状態に合わせて気分を害さないよう自然な流れで尋ねるのが大切です。
質問に対して明確な答えが返ってこない場合もありますが、徘徊の理由や目的のヒントを得られる可能性もあるでしょう。例えば「自分の家に帰りたい」などの場合、自宅への帰り道が分からなくなったケースも考えられますが、現在の環境に対し不安やストレスを感じている状態も考えられます。
本人の気持ちや状態を理解できれば、徘徊の原因を取り除くことも可能です。理由が分からない場合や原因を根本的に解決できない場合でも、本人の気持ちに寄り添うことを心がけましょう。
無理に引き止めずに聞き役になる
徘徊を無理に引き止めたり、本人の言い分を聞かず頭ごなしに否定したりすると、本人も感情的になり逆効果となってしまうケースも少なくありません。また、責められたことに対する不快な感情が残り、家族や介護者への不信感が高まると徘徊がエスカレートする恐れもある点に注意しましょう。
徘徊が起きたときには、本人が自分の気持ち・考えを素直に伝えられるよう、家族や介護者は聞き役となり相手に共感しながら話を聞くことが大切です。相手の横や斜め前に立つなど圧迫感を与えないよう気を付けながら、相手のペースに合わせて会話することを心がけましょう。
今の状況を説明する
徘徊が起こる理由の1つとして、「自分の現在の状況が分からない」「自分が現在の場所にいる理由を理解していない」ことから生じる不安や不満、ストレスがあります。このような場合には、現在の状況や今後の予定・計画、取り組む行動などを丁寧に何度も繰り返し伝え、不安やストレスの解消を図りましょう。
不安を取り除くように説明することで、本人の安心や家族・介護者への信頼につながります。本人が現状を理解し納得できれば、徘徊がおさまる場合もあるでしょう。
4. 徘徊の予防策となる環境の作り方

認知症による徘徊を止めることは、難しいと言われています。しかしながら、予防策が何もないわけではありません。
徘徊を防ぐためには、徘徊が起きにくくなるような環境を整えることが大切です。ここでは、認知症介護研究・研修センターの資料を参考に、徘徊対策につながる環境の作り方について解説します。
(出典:認知症介護研究・研修センター「続・初めての認知症介護(徘徊・興奮暴力・帰宅願望編)解説集」)
落ち着いて過ごせる場所を作る
認知症による徘徊が起こる要因の1つとして、自分の状況や、現在自分がいる場所に留まる理由・目的が分からないことが挙げられます。また、記憶障害により一度は納得した内容に対しても繰り返し不安を感じるケースも珍しくありません。
認知症患者さんが現在の場所に安心して留まれるようにするためには、本人が安心し落ち着いて過ごせる場所を作ることが大切です。周囲の雑音やうるさい音が入りにくく、ゆっくりと話せる場所を整えるとよいでしょう。
また、昔からなじんでいた家具を配置することもおすすめです。「自分の居場所」という認識を持ってもらえると、現在の場所に少しでも居心地の良さを感じてもらえるでしょう。トイレや洗面所など、生活する上でよく行く場所への案内を掲示するなど分かりやすい居住環境を整えることも重要です。
スキンシップや近くにいる場面を増やす
認知症患者さんの中には、寂しさや孤独感を抱えている方も多いため、会話などのコミュニケーションを図ることが大切です。心地よいコミュニケーションの量や頻度には個人差があり、疲労度や気分によっても異なります。近くで見守る場面を増やして本人の不安を軽減しながら、状態をよく観察し、適宜調整を行いましょう。
また、言葉の理解力が低下している場合は会話自体がストレスになるケースもあります。会話だけでなく、相手の手をそっと握ったり背中をさすったりするなど、スキンシップによる非言語的なコミュニケーションも試してみましょう。
趣味や日課を続けてもらう
認知症患者さんの不安やストレスを緩和するには、趣味やこれまで日課だった活動・生活習慣を続けてもらうことも重要です。活動を通して本人の自己肯定感や充実感が満たされると、不安が和らぎ精神的にも落ち着いてくるでしょう。楽しい場所であると感じてもらえれば、現在の環境を「自分の居場所」として安心して認識してもらえる可能性も高まります。
趣味や日課を続けるのが難しくなった場合でも、適度に補助をして継続できるような環境を整えることが大切です。料理が趣味だった方であれば、家族で一緒に料理をする機会を積極的に設けるなど、実現可能なサポートを検討してみましょう。
外出する機会を増やす
「家に帰りたい」とする帰宅願望が強い認知症患者さんの場合、外出を抑制するとかえって帰宅願望が強まり、徘徊へとつながる可能性が高まると言われています。外出先で帰宅願望が起こるケースは非常に少ないと言われているため、歩行能力が維持されている患者さんの場合は外出する機会を積極的に増やすとよいでしょう。
外出する際には、本人の希望を取り入れながら、本人になじみのある場所や趣味の場所に行けるよう支援することが大切です。なじみのある場所から引っ越している場合は、以前住んでいたところの近くを散策するのもよいでしょう。
生理的な欲求を助ける
認知症の患者さんは、「お腹がすいた」「のどが渇いた」「トイレに行きたい」といった自分の欲求を言葉にして伝える行為が難しくなっている場合があります。生理的な欲求が満たされていないと心身ともに落ち着かず、徘徊へとつながる場合があることに注意しましょう。
生理的な欲求を助けるためには、食事や水分の摂取に関するサポートを心がけるのが大切です。食事の摂取状況や活動のようすを確認しながら、おやつやお茶などを適宜摂取できるようケアを行いましょう。
また、「一緒にトイレに行こう」といった声かけをするなど、排泄に関する支援も重要です。食物繊維の多い食品や発酵食品、乳製品を取り入れて便秘を予防し、排泄のリズムを整えるなどの工夫も必要になるでしょう。
介護サービスを活用する
認知症を発症した方を家族だけで在宅介護することは、家族への負担が大きく長期間続けるのは難しいと言われています。介護負担をなるべく軽くするために、認知症患者さんが利用できる下記のような公的な制度を活用して生活環境を整えましょう。
【認知症患者さんが利用できる介護保険サービス】
- 認知症対応型共同生活介護(グループホーム)
5~9人の利用者さんや介護スタッフとともにグループホームで生活しながら、日常の生活支援や機能訓練などのサービスを受けられます。
- 認知症対応型通所介護
自宅から通所型の介護施設に通うことで、日常生活の支援や機能訓練、口腔機能向上サービスなどを受けられます。
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上記の介護サービスを介護保険を使って利用するには、要介護認定が必要です。市区町村の窓口や地域包括支援センターなどに相談してみましょう。
5. 徘徊によって行方不明になる前に/なったときにできること

認知症による徘徊から行方不明に発展するケースは珍しくありません。行方不明になる前にできる対策や、行方不明になってしまった際にするべきことを事前に確認しておきましょう。
【行方不明になる前にできること】
- 見守りネットワーク(SOSネットワーク)に事前登録する
自治体によっては、認知症患者さんが行方不明になったり帰れなくなったりした際に探してくれる地域のネットワークが構築されている場合があります。早期発見に協力してもらうためにも、事前に登録しておきましょう。
- 近隣の方に認知症であると伝えておく
近所の方に事情を伝えておくことで、日頃から気にかけてもらいやすくなります。本人がよく行くお店や立ち寄りそうな場所にも、認知症であると説明して連携を取っておくとよいでしょう。
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【行方不明になったときにするべきこと】
- すぐに警察に通報する
いなくなったことに気付いたらすぐに警察に通報しましょう。氏名や性別、年齢、特徴、いなくなったときの服装など、本人に関する情報をなるべく詳しく伝えるのがポイントです。
- 地域包括支援センターに相談する
警察に通報した後は、地域包括支援センターに連絡・相談し、見守りネットワークを活用した捜索をお願いしましょう。
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徘徊による行方不明に備えるためには、上記のような事前の取り組み・対処法を適切に行うことが大切です。慌てずに対処できるよう、しっかり備えておきましょう。
まとめ

徘徊は、認知症により場所や時間の認識が難しくなることで起こる症状の1つです。目的がないように見えても、実際は家に帰らなければならない、職場に出勤しなければならない、などの目的意識があるケースも多いと言えます。そのため、家族が徘徊をする場合は強引に引き留めるのではなく、なぜ徘徊するのか、何が不安なのか話を聞いて理解するのが大切です。
また、落ち着いて過ごせる環境を作ったり、こまめにスキンシップを取ったりして不安を和らげるのも重要です。これまで通りの生活を送れないことにいらだちや不安を感じる方もいるため、趣味や日課を続けてもらう、外出の機会を増やすといった対策も効果的と言えます。介護サービスを活用して、認知症の方が安心できる環境を整えるとよいでしょう。
参考URL
国立精神・神経医療研究センター「痴呆患者にみられる徘徊行動の定義と評価法」
警察庁「令和4年における行方不明者の状況」
健康長寿ネット「前頭側頭型認知症」
日本作業療法士協会「認知症の徘徊、どう受け止める?」
認知症介護研究・研修センター「続・初めての認知症介護(徘徊・興奮暴力・帰宅願望編)解説集」
健康長寿ネット「徘徊で、家族が行方不明になったら」
NHK「認知症の人の行方不明を防ぐために・・・」
※当記事は2024年4月時点の情報をもとに作成しています
監修
長岡技術科学大学 体育・保健センター 准教授
勝木 将人
長岡技術科学大学 体育・保健センター 准教授
勝木 将人
2016年東北大学卒。医学博士(乙・獨協医科大学)。脳神経外科専門医。頭痛、脳卒中、認知症などを診療。
2016年東北大学卒。医学博士(乙・獨協医科大学)。脳神経外科専門医。頭痛、脳卒中、認知症などを診療。
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